最後に残るモノ
- 2020/05/31
- 18:18
久し振りにカフェに行った。タブレットをいじくりまわしていると急に言うことを聞かなくなる。少々重たい気分になりながら除菌シートで指を丹念に拭く。もう一度タブレットに触れてみるが反応しない。周りの目を気にしながらうつむき加減で指をペロっと舐める。“ひゃ〜” と言われる。気分的にはこっちが “ひゃ〜”だが、それどころではない。 今度はどうかと試してみる、やっぱり反応しない。上目遣いで警戒しながら俯いて指をペロ...
思っていたのと違う 〜それも全然〜
- 2020/05/30
- 20:48
家に帰るとテーブルにメモがあった。“冷蔵庫にウナギが入ってます” 炊飯器を見るとご飯も炊けている。ウナギの蒲焼きなんて久しぶりだ、食べる瞬間を想像すると匂いまでしてくる。そうなると急激にお腹が減って我慢できない。さっそく冷蔵庫を開けてみる。そこに蒲焼きはなかった。代わりにウナギの死体があった。ビニール袋に入って黒く長細いヌルヌルが丸まって死んでいる。これはどういう事だろう。“さばけ” という事なのか、そ...
東日本歴史冒険団シリーズ 〜六角石〜
- 2020/05/29
- 21:23

地元に “六角石” というものがある。円筒形で高さ、円周共に2m程度の石柱だ。この石の上部に6箇所穴が彫り込まれていて、大きさは 幅10cm 高さ23cm 奥行き6cm程度となっている。で、この石何なの?と言うとよく分かっていない。 写真中央が “六角石” 上の方にある穴が、 全周で6箇所ほってある。石の頂部には 笠があったとかなかったとか。 六角石の上の方の穴を図にするとこんな感 じ。 これでイメージ出来るだろうか?...
もしもしが言えなくて
- 2020/05/28
- 19:36
電話が鳴る。彼は電話に出て “ももし” と言う。また電話が鳴る。彼は電話に出て “ももし” と言う。また電話が鳴る。彼は電話に出て “ももし” と言う。”もしもし“ と言えていない事を伝えると、分かっていると言う。なぜ分かっているのに直さないのか訊ねると、電話が苦手で緊張のため早口になってしまうとの事。そこまで自己分析できているのに直せないとは珍しいと感じる。電話が鳴る、彼は電話に出て、”ももし“ と言う。また言っ...
シャンプー
- 2020/05/27
- 21:58
美容室の前を通りかかった。中を覗くとお客さんがいない。聞いてみると予約なしで今すぐ出来るというので髪を切ってもらう事にした。シャンプー台に座りシートが倒され顔に白い布をかけられる。過去に行った事のある美容室は白い布なしだったので、これがアノ白い布かと少しばかりの感動を覚えた。しかし何だろう、少し小さい。確かに目から口までは隠れているようだが囲いがギリギリな気がして不安になる。シャンプーが始まり揺れ...
教え
- 2020/05/26
- 19:59
日記を毎日書くコツ、それは日々起こった事、感じた事を正直に、格好を付けずにありのまま書く。なにもない日は何時にご飯を食べたとかそんなのでいい、無理せず書ける範囲で書く、それが長続きの秘訣だと教わった。なるほどそうか、格好つけずに書く。それは大切なことだと感じる、今日は早速教えを実践してみる。当たり前の日常でいい、ありのままを書こう。ただその前に一つだけ、最近ストレスから胃腸の調子がすこぶる悪い。多...
死神からの手紙
- 2020/05/25
- 15:28
実家の物置を片付けていると、茶色い紙製の箱が出てきた。開けてみると、自分が小学生だった頃もらった年賀状や手紙などが入っていた。何枚か手に取ると懐かしい記憶が蘇る。感傷に浸っていると、丸っこい字で自分の名前が書かれた白い封筒が目にとまった。こ、これはアレか••• その手紙を貰った事を忘れた時などない。まさかとってあるとは思わなかったけど。この手紙が自分の人間形成に多大な影響を与えたと言っても過言で...
東日本歴史冒険団シリーズ 〜山田武左衛門 六巻〜
- 2020/05/24
- 14:00

〜山田武左衛門おまけ〜御尋付上乗武左衛門日記書上扣についてこれは宮城県の荒浜を出港してから江戸到着までの顛末が記載された書物です。なぜ漂流に至ったか、なぜ米を捨てなければならなかったか、その事が克明に記された報告書になっています。“御尋付上乗武左衛門日記書上扣”は、俗に ”武左衛門漂流記“ (以降 漂流記)と呼ばれ、福島県福島市の鹽竈神社に所蔵されています。武左衛門と船員達01.山田武左衛門(信夫郡大笹生村 ...
東日本歴史冒険団シリーズ 〜山田武左衛門 五巻〜
- 2020/05/23
- 20:49
西暦1862年6月28日(宝暦12年5月7日)船で "福山" というところに到着。さらに小舟六艘に分乗し堀のような細い川をゆくと大きな城下に着いた。そこには三階建ての大きな建物があり、中を覗くと見る限り全員が女郎だったので、その理由を通訳の正幸に聞き、しばらく見物したとある。女郎というと遊女的なイメージがあるが、それなりに身分のある女性も女郎と呼んでいたので、武左衛門がいう女郎がどちらをを指しているのかは分から...
東日本歴史冒険団シリーズ 〜山田武左衛門 四巻〜
- 2020/05/22
- 21:47
西暦1762年5月21日(宝暦12年4月28日)の明け方に船は座礁し、船底より浸水する。海上に目を凝らすと一艘の船が見えた。その姿形から唐船であろうと思い精一杯合図を送る。すると船は近づいてきて、乗組員をみるとみんな芥子坊主のような髪型だった。救助を求めたが言葉が通じない。すると唐船の乗組員は、字を書けというような身振りをした。“日本王様米積船” と書いて渡すと、相手からも書き付けが返ってきた。が、全く理解ができ...