この話を書くべきか否か、ギリギリまで本当に悩んだ。万が一自分が誰なのか特定された場合、業務に支障をきたすことが確実と思われるためだ。本来なら書くべきではないのだろう。でも書く、だってもう書くことがないので。
発注者と契約を交わしプロジェクトがスタートする。どこにでもあるように、仕事が進むにつれ契約内容が変わっていく。こういった場合、大抵は金額がプラスになる方向へ進んでいく。つまりは追加での請求が発生する訳だ。
発注者は払いたくないが、請負者は払ってもらわなければ困る。しかし業務が半ばまで進んでいたりすると途中で投げ出すわけにもいかず、満足いく追加金額ではないが、泣く泣く追加契約を交わすしかない事が多々ある。
それでもまだ追加がもらえるだけいい方だ、場合によっては全く出ないケースも決して少なくはない。まして満額をもらえる事など皆無と言っても過言ではない。最近自分が担当したプロジェクトも追加変更が発生した。
その金額は1千万円。この金額が多いか少ないかは、それぞれが身を置く企業や担当部署によって様々だろう。人によっては大した金額ではないと思うかもしれない。しかし1千万円で何が買えるのか考えてみれば、決して安い金額ではない事が分かる。
追加変更が生じる度に見積書を提出し、最終的に1千万円の追加となった。都度会社には確認したが、構わないから業務を続けろと指示を受けていた。そしてプロジェクト終了間際、今まで提出した見積の頭金額だけを一覧表とし、合計金額を発注者へ提示した。
やはり反応は渋い、というより塩対応に近い。このまま交渉を続けても、決していい方向へは進まないと判断し、いったん世間話を挟むことにした。そういえば、発注者は無類の日本酒好きだと聞いた事を思い出し、話を振った。
いちばん好きな銘柄は何か聞いてみると、「H」という日本酒が大好きだとの事だった。地元や近隣県ではかなり有名らしいので、今回は名を伏せ「H」とさせてもらう。この「H」はあまりの人気ぶりから、今現在入手する事は相当に困難らしい。
酒屋に予約して1年待ちだというから飲まない自分からすれば驚きでしかない。発注者は飲みたくて飲みたくて週イチのペースで夢を見るほどだと言う。この「H」、入手する事は出来るだろうか。
もし入手できれば、追加交渉の助けになるのではないか。通常そんな事は考えたりはしないが、入手まで最低1年はかかり、しかも週イチで夢までみているのだ。これはもしかしたらと追加交渉を中断し、日を改める事にした。
帰り足、早速心当たりへ片っ端から電話した。入手は困難という回答ばかりの中、知り合いに聞いてみるという善人が現れた。しかし超人気酒、あまり期待はしないようにと釘をさされた。
待つこと10分、善人から折り返しがあり、個人所蔵のものを1本譲ってくれるとの事。価格は1万円ちょうどでいいと言う。高いのか安いのか全く判断はつかないが、迷っている場合ではない、是非にとお願いした。
翌日待ち合わせ場所へ行ってみると、発泡スチロールの箱の中で氷漬けにされ、プチプチでぐるぐる巻きにされた一升瓶がごろりんしていた。なにもここまでと思うが、大吟醸は冷やしておかなければダメだなのだそうだ。
善人が神へ昇格した瞬間だ。神に1万円を手渡しさっさと分かれる。なぜならもう用はないからだ。その足で発注者のもとへ急ぐ、昨日アポを取っておいた時間に滑り込む。そのまま酒を差し出した。
これは何だというので「H」である事を告げる。それを聞いた発注者は目を見開き手がブルブルと震え出した。驚いているのかアルコールが切れたのか判断に難しいところだ。
こ、こんな高くてレアな酒を・・・
も、もらっていいんですか・・・
ど、どうやって・・・
と完全に瞳孔が開いている。
術中に嵌ったと確信した。
ここだと交渉を再開する。
酒を飲まない自分にとって、この「H」は無価値、価値の分かる方に飲んでもらう方が酒も作り手も幸せだ。ところで追加の件だが、もういくらとは言わない、お気持ちで結構なのでお願いしたい、そう伝え交渉を終了した。
発注者はわなわなと震えながら「あ、うん あ、うん」と生返事を繰り返すばかりだったが、本日、1千万円満額の追加注文書が会社に届いた。はっきり言って驚いた、まさか満額だとは思わなかった。
日本酒ってすごい。一升瓶を1千万円で買ってもらった気分だ。そう言えば「こんな高い酒」といっていた。あれあれ? 入手まで最低1年待ち、酒1本で満額回答、そしてあの震えよう・・・ もしかして・・・
とんでもない高価な日本酒を1万円で入手する事が出来たのだろうか。だとすれば神は自分のためにいくばくか自腹を切ったのだろうか・・・ もう神どこじゃない、えっとーなんだ、神じゃなければなんだ、神以上ってなんだ。
えっとー えっとー 神の上だからー 神神でいいや。もう神神だ、あのお方は神神様だ、もう知人の括りではない、神の括りだ。間違った、神神の括りだ。いったいいくら自腹をき切ったのか、検索したら金額は分かるだろうか。
「H の A」で検索してみる。
トヨタのクラウンみたいな感じで。
なんだってっっ!?
オークションで数万円で売っている。
メルカリだと出品さえない。
あ。
定価だと5千円しない。
なんで1万で売りつけるんだろう。
なんで?
神神 → 悪人 へ降格。
それでも満額は驚きだ。
日本酒ってすごい^^
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